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2008年6月19日 (木)

見るための車、見られるための車【俺は内、他は外(1)】

はい、これから抽象的な話に終始しますよー。
具体例とかほとんど出しませんから、そのつもりで。
…それで台湾情報と言っていいんだろうか。

ある集団にいて、その中の習慣なり考え方なりに染まりすぎると、
外の様子が見えなくなる、なんてことを言います。

ただ、この言い方は外から見られる視線を前提にしていて、
最初から「中」が全て、という人なら、
そもそも外を気にするという思考自体が必要でなかったりします。

台湾で、特に「あいつは変わっている」
と言われるような人たちを見ていると、
自分のやり方を当たり前のように通し、
いつでも自分のやりたいようにやっている人が多いです。

もちろんこうした考え方は簡単に人とぶつかるので、
色々もめ事とかも起こしているのだとは思いますが、
今回ポイントにしたいのは、
「やっている本人はとりあえず楽しい」という点です。

日本にいると、どうにも外面を気にしないといけない場面が多くて、
自分のやり方や考えを通すことができにくく、
時に窒息してしまうようなところがあると思います。

また、日本で自分のやり方を通すような人は、
まるで求道者のような悲壮感めいたものを持って、
ひたすら自分の理想に邁進しないと、
ただのワガママ者だ、と悪い取られ方をするように思うのです。

そんな肩をいからせたような方法でしか、
自分の道を通すことができない、というのは、
どうもシリアス過ぎていけないと思います。
ゲラゲラ笑いながら真理に到達しようと、
それはその人の自由ではないでしょうか。
…そんな人が居るかどうかはともかくとして。

台湾の奇人達はのびのびとどうかしていて、
無理な背伸びもせず、人からどう見られようが、
自分の好きなように楽しんでいます。
辛さや厳しさに耐えて道を貫く、ではなく、
とにかく楽しいからやってるよ、というのが、
はっきり根底にあるように思います。
人とは違いつつも、楽しく生きる上で、
これは非常に重要なポイントでないでしょうか。

彼らに共通しているのは、
良く言えば自分の価値観に従って明確な指針を持って行動する、
悪く言えば皆は俺の言うこと聞いてりゃいいんだよ、という発想。
それが、非常に無邪気に悪気無く押し出され、
憎みきれないユーモラスさを伴うのです。
彼らの発言を、はーなるほどー、と感心して聞きつつ、
大部分は聞き流してあげることで、
お互いにとってなかなか楽しい時間を過ごせます。

自分を中心に置いて、自分の知識の届く範囲を半径に、
ぐるりとコンパスで円を描いたような物の見方。
そのまま日本に持ち込んだらたちまち嫌われるでしょうが、
周りを見るのはやめず、でも時にそうした見方を持つのも、
少しは気楽に生きられていいんじゃないか、と思うのです。

そんなこんなで、ある車の写真です。

まあ、日本でもたまに見かけるものです。
子供のいる家庭の自動車なのでしょうか、
窓にシールがペタペタ貼ってあります。

Img_35711s


(クリックすると拡大します)
内向きに。
あくまで、車内にいる自分たちを中心に置いて、
見やすいようにシールを貼るなら、当然こうなるわけです。
はっきりとしたことは言えませんが、
日本の車ならこのシール、外に向けて貼るか、
最初から表裏に絵が描いてあるものを選ぶと思います。

楽しい車で良いと思いますが、
何のシールか教えてくれるとなお嬉しいです。

とまあ、こんな感じで数日間、
日本ではなかなかないほどに外面を気にしない、
という様子を示す写真がいくつか溜まったので、
つらつら紹介することにします。

もしかしますと、こういう見方もふまえてから、
日本での某問題に関する各種の報道を、台湾での報道と比べると、
普段と違った見方ができて面白いんでないでしょうか。
…あっ。
また何か役に立ちかねないことを言ってしまったっ。

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