見るための車、見られるための車【俺は内、他は外(1)】
はい、これから抽象的な話に終始しますよー。
具体例とかほとんど出しませんから、そのつもりで。
…それで台湾情報と言っていいんだろうか。
ある集団にいて、その中の習慣なり考え方なりに染まりすぎると、
外の様子が見えなくなる、なんてことを言います。
ただ、この言い方は外から見られる視線を前提にしていて、
最初から「中」が全て、という人なら、
そもそも外を気にするという思考自体が必要でなかったりします。
台湾で、特に「あいつは変わっている」
と言われるような人たちを見ていると、
自分のやり方を当たり前のように通し、
いつでも自分のやりたいようにやっている人が多いです。
もちろんこうした考え方は簡単に人とぶつかるので、
色々もめ事とかも起こしているのだとは思いますが、
今回ポイントにしたいのは、
「やっている本人はとりあえず楽しい」という点です。
日本にいると、どうにも外面を気にしないといけない場面が多くて、
自分のやり方や考えを通すことができにくく、
時に窒息してしまうようなところがあると思います。
また、日本で自分のやり方を通すような人は、
まるで求道者のような悲壮感めいたものを持って、
ひたすら自分の理想に邁進しないと、
ただのワガママ者だ、と悪い取られ方をするように思うのです。
そんな肩をいからせたような方法でしか、
自分の道を通すことができない、というのは、
どうもシリアス過ぎていけないと思います。
ゲラゲラ笑いながら真理に到達しようと、
それはその人の自由ではないでしょうか。
…そんな人が居るかどうかはともかくとして。
台湾の奇人達はのびのびとどうかしていて、
無理な背伸びもせず、人からどう見られようが、
自分の好きなように楽しんでいます。
辛さや厳しさに耐えて道を貫く、ではなく、
とにかく楽しいからやってるよ、というのが、
はっきり根底にあるように思います。
人とは違いつつも、楽しく生きる上で、
これは非常に重要なポイントでないでしょうか。
彼らに共通しているのは、
良く言えば自分の価値観に従って明確な指針を持って行動する、
悪く言えば皆は俺の言うこと聞いてりゃいいんだよ、という発想。
それが、非常に無邪気に悪気無く押し出され、
憎みきれないユーモラスさを伴うのです。
彼らの発言を、はーなるほどー、と感心して聞きつつ、
大部分は聞き流してあげることで、
お互いにとってなかなか楽しい時間を過ごせます。
自分を中心に置いて、自分の知識の届く範囲を半径に、
ぐるりとコンパスで円を描いたような物の見方。
そのまま日本に持ち込んだらたちまち嫌われるでしょうが、
周りを見るのはやめず、でも時にそうした見方を持つのも、
少しは気楽に生きられていいんじゃないか、と思うのです。
そんなこんなで、ある車の写真です。
まあ、日本でもたまに見かけるものです。
子供のいる家庭の自動車なのでしょうか、
窓にシールがペタペタ貼ってあります。
(クリックすると拡大します)
内向きに。
あくまで、車内にいる自分たちを中心に置いて、
見やすいようにシールを貼るなら、当然こうなるわけです。
はっきりとしたことは言えませんが、
日本の車ならこのシール、外に向けて貼るか、
最初から表裏に絵が描いてあるものを選ぶと思います。
楽しい車で良いと思いますが、
何のシールか教えてくれるとなお嬉しいです。
とまあ、こんな感じで数日間、
日本ではなかなかないほどに外面を気にしない、
という様子を示す写真がいくつか溜まったので、
つらつら紹介することにします。
もしかしますと、こういう見方もふまえてから、
日本での某問題に関する各種の報道を、台湾での報道と比べると、
普段と違った見方ができて面白いんでないでしょうか。
…あっ。
また何か役に立ちかねないことを言ってしまったっ。
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