台北に向かって走れ(桃園→台北、2008年9月5日)
2008年9月5日(金)。
体がぎしぎし言っている。
不思議にくしゃみが止まらない。
人に噂でもされているのか、
タンデム移動がやはり慣れていないものか、
それともソファーで寝たためか。
とりあえず朝食でも、と思ったが、
中途半端な時間に出たので朝食系の店がやっていない。
もういいや、と朝から牛肉麺。
どこで食べても、赤黒いスープはうまい。
なぜこれが日本に入って来ない、と思うが、
同行の後輩に言わせると合わない人も多いだろう、とのこと。
毎日食べるとなると確かに難しいかも知れないが、
トマト入りなど、ややマイルドに抑えたメニューを強調し、
ラーメン激戦区に「個性派ラーメン」などと言って一軒構えれば、
それなりにファンは獲得できると思う。
まあ、そんな薄っぺらい出店計画はどうでもいいとして、
桃園市内の友人の家へ。
電話ではやたらそっけない友人だが、
直接行くと相変わらず親切だ。
挨拶もそこそこに、発音練習を始める。
別に後輩は語学を学びに来た訳ではないが、
友人は人に物を教えるのが好きなので、
せっかくだからと発音記号などを学んでみることにしたのだ。
そして、ついでに私が発音を矯正して貰おうという腹だ。
友人の家はなかなかにゆったりしており、家具もでかい。
大きめのソファーに後輩と座りつつ、
くつろいだ姿勢の友人から雑談を交えつつ、
窓から入り込む明かりの下で発音を学んでいる様は、
村の私塾みたいなようなものだ。
雰囲気も良いが、タダなのがさらに良い。
厚かましくも数時間居座る。
そして、後輩がもう少し話が聞きたいと言うので、一人台北へ移動開始。
友人は鷹揚に構えてはくれているものの、
彼とは初対面である後輩を置いていくのも我ながら何だな、とは思う。
皆さんにおかれましては、
私のような厚顔無恥な人間にならないでいただきたいものである。
天も、このようないい加減な行動を認めなかったものか。
友人の家を出る頃、空模様が危うくなってきたと思うと、
雨がどんどん強くなってきた。
パソコンを持っての移動による危機感で、早めに雨合羽を着る。
こんなところでだけ台湾一周の成果が出ている。
雨がひどい。
雨がひどい。
雨がひどい。
別に壊れてしまったわけではなく、
台北に至るまで延々と雨がひどかったのだ。
私に表現力があれば、こんな書き方はしないわけだが。
対向車線のバスに水をざばざばかけられる。
道がべこべこしているので速度が出せない。
当然、膝から下は水に浸る。
ああ、これはあぶない。パソコンと携帯電話があぶない。
危機感を覚えつつも、こんな中で機器を出したら終わりなので、
無事であることを祈りつつバイクを走らせる。
とは言え、後輩を連れていたら合羽でリュックを覆えなかっただろうから、
パソコンは確実にやられていただろう。
その結果起こるのは、責任の押し付け合いによる殴り合いだ。
殴り合いをせずに済んだのだから、この程度の雨は仕方がない。
もはや、無理があるにもほどがある理屈で自分を納得させる。
止まっていたら納得する訳がないが、
バイクで走りながらなので、わりと納得してしまう自分が恐ろしい。
そんなひどい目に遭ってまで台北へ行ったのは、
親が日本から来ていたためである。
合流後は、あらかじめ紹介しておいてもらった料理店や、
士林の夜市など回る。
もちろんこれはこれで楽しいものではあるが、
きわめて基本的な台北観光であるので、
情報については多くの有益な他サイトをご参照頂きたい。
親が夜市で買ったのが安いベルト一本にビニールひも、
というあたり、逃れようもない性格の類似が現れている。
鉄道やバスを使っても、乗るまでの移動で歩く。
夜市に行けば、夜市の中を歩く。
建物の中がでかいので、部屋移動で歩く。
日本の街が、基本的にほとんど歩かずに済むように出来ていることを、
あらためて親の疲労で実感する。
そして皆さんにおかれましては、
親が疲労していたらそんな実感を抱く前に休ませてあげていただきたい。
あまり無理しても親の台湾印象が悪くなるだけなので、
早めに夜市を切り上げて休むことにする。
親の泊まっている部屋に補助ベッドを足して就寝。
ソファーよりずっと快適だ。
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