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2009年4月23日 (木)

生きものの(ような何かの)記録

さまざまな方法で、世の中の色々な情報を、
自分の生活圏内で手に入れられるようになった現代。

これは、必ずしも形のない情報の流通に限ったことではありません。
物理的に縁遠かった物も、随分入手や接触が容易になっています。
たとえば、かつては珍獣と言われていたような動物も、
うっかりすると近所の動物園で飼われたりしていることがあるくらいです。

ですが、人間の持つ思考という化け物は、
進化のスピードとは比べものにならないほどの早さで、
次々と「珍獣」を生み出し続けているのです。

とある夜、友人たちとともに夕食を食べました。
特別に高い物だったわけではありませんが、
楽しく会話をしながらの食事は、やはり良い物です。
会話を続けながら、皆でゆらゆらと帰路に就きました。
普段は、バイクやバスの上から流れ去っていく景色が、
歩きで通りますと、少しずつ違った色合いを見せてくれるような気がします。

とある公園の横を抜けようとすると、こんな看板がありました。
公園にバイクは入るなよ、という物のようです。
Imag0313






…なに、この動物。

友人たちに、さっそく見せてみましたところ、
「猿だよ、この顔の絵は猿だ」
「でも体は羊のような感じだね」
「いや、それは注意書きを書くスペースを取るためでしょ。やっぱり猿だよ」
「まあそうだね。猿だろ」

ということで、猿だそうです。

…猿か? 私はやっぱり羊のような気がしますが、
顔はかなり好意的に見ない限り、羊よりは猿寄りのように思います。

友人たちの言うように、「猿なんだけど書くスペースを作るために羊風にした」ならば、
これぞ芸術性と論理の妥協しない解決、あるいは、
異なる想像力の闘争が安定化したところに生まれた結晶と申せましょう。

そうではなくて、やはり羊の絵のつもりだったとしても、
見た瞬間「何これ」と判断を迷わせるに十分な絵柄、
そして羊とはほぼ何の関係もないであろう公園というロケーション。
かなりの混沌を含んでおります。

そして、いずれの説が正しいにせよ、そんな混沌を含んだ物を目にしても、
「まあ猿だよな」ということで最終的に納得してしまうくらいの、
懐の深さと言いますか、要するに人の色々やることをあまり気にしない態度。
これが、「何だかわからないけど勢いのある何か」を、
自由に生み出させ、はぐくむ土壌となっているのかも知れません。

とりあえず、見ている私としては楽しいので、
今後もどんどん生まれ出る環境を維持してほしいものです。

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