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2009年12月

2009年12月10日 (木)

ピザはピースで自立する

ピザはピースで自立する
午後二時。台湾のお弁当派以外の人にとって、この時間は一つのリミット
になっています。

外食系の店がいったん閉まるのです。

地元の人は、当然ながらそんなことは知ってますので、早い時間にお昼を
取るわけですが。ちょっと仕事が長引いてしまったりしますと、たちまち
開いている店がなくなります。

今日の私は、要するにその手合いだったわけです。
私のいる辺りは台北市の中心部からも外れた場所で、行きつけの数軒が昼
の部を終えてしまいますと、いよいよ食事場所がなくなります。

そんな時にもお世話になるのが、やっぱりコンビニなわけです。

と言っても、何やかやで食べたことのあるものばかりですし、若干の侘し
さは否めません。せめて普段食べたことの無い物を、と見ると、ありまし
た。

ピザです。
日本でよくあるような、いわゆる「おひとりさま」用の小さな円ではな
く、大きな丸いピザを、45度くらいの角度に切ったものです。

これなら昼食にはちょうどいい。
手に取ろうとして、違和感に気づきました。

…並べ方、おかしくないか?

そうです。このピザ、立てて並べてあります。

ちょうど、三角形の積み木が並べてあるような具合です。
一つのピースごとにしっかり箱に入ってますし、底?の部分は立てやすい
ように、微妙に大きくなっています。
たくさんの商品を並べなくてはいけないコンビニですから、こうやって並
べた方が場所も取らず効率的です。

チーズや具の偏りは気になるところですが、あんまり見た目は気にしない
台湾のお客さんなら「どうせ全部一人で食べるわけだし」と思ってくれる
のかも知れません。

こうしたコロンブス的並べ方の転換をあまり日本で見ない気がするのは、
地球の重力に魂が縛られているからでしょうか。

一人用ピザを商品化する際に、
日本では「一人分だけど一つ→小さな丸」となり、
台湾では「一人分の量→大きな丸の一人分の角度」となる、
商品構想の違いもなかなか面白いところです。

いかん、お腹減ってると文章が生硬い。ピザ食べます。

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2009年12月 1日 (火)

twitterは夜を走る

twitterは夜を走る
夕方あたりに台湾を歩き回るのは、なかなかに楽しいものです。

たとえば。
昼には何もなかった路地が、急に活気ある市場に変わっていて、新鮮な野菜や果物、肉なんかが安く買えたりします。
たとえば。
開業医、美容院、不動産業、眼鏡店などの、日本ではかなり早い時間に閉まりそうなイメージのある業種が、午後九時位までなら普通に開いていて新鮮な光景です。
たとえば。
廟や寺が大量の電球やLEDで光っていて、しかもそれが祭や記念ではなく、ごく当たり前の日常で素敵です。

そんな夕方の街ですが、やはり特に印象的なのが、写真の車です。

ゴミ収集車です。今の日本のものより概して大きく、黄色の巨体が、暗い町を深海魚のようにランプをびかびかさせながら、ゆっくり回って行く姿は印象的です。
微妙に音程がずれているような、そうでもないようなメロディ(たぶんエリーゼのために)を流しながら、毎日のようにやって来て、各家や自営業からでる生活ゴミや資源ゴミを回収して回ります。

なお、夕方に来るのには理由があります。日本ですと、ゴミ収集車は収集場所を回って、収集員が回収してまわるわけですが、台湾では少しスタンスが違っているためです。

近所の人たちは、夕方に電子音が聞こえると、手に手にゴミを持って家から出てきます。そして、車が到着するまでの数分、軽口を叩き合ったり、少し先の予定なんかを立ち話するという按配です。

そう。乗合バスを待つように、人々が収集車の来るのを待つわけです。

この町内ではこのあたり、くらいに止まる場所は決まっているようですが、場所よりも時間の方が大事ですから、あまりはっきりと「ここに止まります」と書いているわけではなさそうです。
人の多い繁華街や夜市などでは、徐行しながら走る収集車の後ろへ向かって、夜市の店主や近所の主婦がゴミ袋を投げつける、という荒業もたまに見受けられます。本当は違反なのでしょうが、収集員の方も拒否する様子もなく、手慣れたものです。

この台湾のゴミ出し、様子を見ていて不思議なのは、ただのゴミ出しというのに、みんな妙に楽しそうに会話しているように見えること、そして車が来てからの解散が猛烈に早いことです。

ことに、商店街地域などは不思議な楽しさが漂います。手にゴミをぶら下げて
待っている間は、わいわいと話をして実にやかましい。
それが、車が来ると見るや、分別したり車にゴミ袋を投げ入れたりを、玉入れ競争でもするようにテキパキ仕上げて、名残惜しむ様子もなくサッと解散して行きます。

これは私が思うに、こういうことかも知れません。
飲食店などの自営業の人たちなどは、開店から閉店まで働く時間と休む時間に区切りがありません。
ゴミ出しの数分間は、街角に佇んで近所の人たちと会話をするのが「仕事」だと迷わずはっきり気持ちの中で正当化できる、一日中でも数少ない時間なのかも知れません。

さらに。
ゴミ出しはみんなに必要な作業ですから、話題がなくてもゴミさえ持っていれば特に気にされない。なんなら「ゴミの話」という共有の話題がある。

そしてさらに。
収集車が来るまでの数分間、と最初からリミットが決まっているので、何なら話下手で頷いているだけでも、最初から数分だと割り切れるから、かなり気楽に過ごせる。

つまり、
①誰でも気軽に参加できる
②短い制限があり、心理的負担が軽い
というわけです。

ついでに会話ですから、当たり前ですが
③その場で相手からの反応がある
ということも、楽しさの重要な要素でしょう。

で、思ったのですが。
この①~③は、そっくりそのまま、twitterが流行した理由に当てはまるんじゃないでしょうか。

twitterは喋ること、人と対話することが持つハードルを140字という範囲に限定することで、文章を書くことへの心理的負担を下げてくれ、より気楽に、ゆるく開かれた形で自分の思ったことを世間に放り投げることができます。
そして、その反応をフォローやRTといったシンプルなシステムで目に見える形にしてくれることで、コミュニケーションの楽しさに繋げてくれるというわけです。
別にtwitter礼賛が目的ではないですし、twitterの話としても普通のことしか言ってませんのでこれ以上踏み込みませんが。

そんなtwitter的な性質を、ゴミ出し中の会話が持っていることは、なかなかに面白い話です。

台湾にお住まいで、現地の言葉を身につけたいと考えていらっしゃる方は、ゴミ
出し中の会話から始めてみてはいかがでしょうかニーハオだけでも大丈夫。全く意味わからなくても、黄色い車が来たら会話終了です。にほんブログ村 海外生活ブログ 台湾情報へ

↑ちゃんとした台湾情報はこちら。私もうっかり混じってますので、
一日一回押してくれると喜びます。一日一善。

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